適材適所

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こんばんは、真樹です。

香取神宮を訪れたときのことです。

その日はぐずついた天気ということもあって、参拝客はまばらで静かでした。

一通りご挨拶して、境内をブラブラ散歩しました。少し歩き疲れたので、拝殿の近くにあるベンチに腰掛け休憩してました。

すると、そこにお勤めの職員さんたちが(巫女さんなど)朝の境内の掃除を始めました。

神社を訪れたならばよく見る光景で、私も頻繁にいろんな神社で見ます。なんてことはありません。なので、「あぁ~、お掃除始めるのね」と何の気なしに見てました。

ところが、この時はどういうわけか真剣にその作業を見ている自分がいます。いつも見ている光景なのに、なんてことのない作業なのに、いつも見向きもしないのに、なぜか食い入るように見てしまうのです。何かその作業に引き付けられているような感じです。

その時、「これは香取神宮の神様が何か言いたいことがあるのかな?」と思い、しばらくお掃除されている光景を眺めていました。

整地用具のトンボを使って砂利を均す人、箒で落ち葉などを集める人、濡れぞうきんを使って埃などを拭く人。各人がそれぞれの持ち場でそれぞれの作業に取り組んでます。そして、それぞれがその場所をきれいにしたら、次の場所に移動してそこをきれいにする。そして、そこもきれいにしたらまた次の場所へと。そして見事にきれいで整った境内になりました。まるで香取神宮の神様の性格を表しているようです。

「何だろ?何か意味があるのかな?」とずーっと眺めてました。

すると、頭の中にぼんやり「適材適所」という言葉が入ってきました。

ただし、本来の適材適所と意味は違い、ここで受け取った適材適所の意味を分解すると、その時々の人生は、その時のその人にふさわしい場所でちゃんと人生を送っている。そして、そのステージが終われば、また新たな別のステージに行くということ。そこにまったく無駄はないということです。

「何気ない良くある風景でも、そこには何かヒントが隠されているものだぞ」と教えられました。

このことを私に教えたくて、香取神宮の神様はこの光景を見せてくれたのかなぁと勝手に解釈してます。


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